三笠宮さま ご幼少期から現在 意外な素顔 平和への願い

お亡くなりになられた三笠宮孝仁さまが
国民に親しまれた素顔をとは?

幼少期から発揮された才能

三笠宮さま 100歳 ご逝去
100年にわたる生涯

1915年 12月28日 生まれ 大正天皇の四男
昭和天皇とは14歳年下の 弟

幼少期は 「同様の宮さま」 と呼ばれていました
実は
文才にたけていて 詩を書くのが お好きでした
作った詩に 音楽がつけられて レコードが数枚 発売されたと言います

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歌詞 「月と雁」作詞 三笠宮さま

 月夜の空を 雁 飛びて
 宮くん御殿で それ見てる

一部 紹介

 とても 分かりやすく 情景が目に浮かびますね

三笠宮さまは 軍人として 戦地に行かれたことがあります
1943年 (昭和18年)1月
27歳で 陸軍参謀として 中国・南京に赴任
そこで 日本軍の姿を 目の当たりにしました

そこで

1944年 1月 
南京で将校達を前にして
日中戦争が解決しない要因は
日本軍人の 内省 自粛 の欠如 である と
戦時中に軍部を 厳し言葉で批判していました

意外な一面であり
気持ちを素直に言葉に 表現して発することが出来るお人でした

終戦から14年後 著書
1959年 「日本のあけぼの」では

偽りを述べる者が 愛国者とたたえられ
真実を語る者が 売国奴と罵られた世の中を
私は 経験してきた

今の 政府 世の中にも 通じる言葉だと思います
この言葉に 三笠宮さまの お心が 感じられます

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親しまれた 三笠宮さま

1955年~ 東京女子大学 講師
1985年~ 東京芸術大学 客員教授

学生に対して 授業を行っていました

通勤の際は 満員電車にも乗られていたそうです
積極的に 一般庶民とコミュニケーションをとろうとなさっていたようです

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皇族の方が 庶民にまぎれて 
しかも 満員電車・・・ 素晴らしいですね

また

学食も利用していました
一番 お好きだったのは
「きつねうどん」
毎日 お昼に召し上がり
いつしか
「宮さま うどん」と呼ばれていたそうです

  1杯 20円

飾らないお素顔

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40年以上親交のある ご友人からは
三笠宮さまのお好きだったものは
カラオケ
十八番 は村田英雄の 王将 ♪ でよく歌われていたそうです
よくご覧になっていたものは
好きなTV番組は  「相棒」

そして 去年12月 100歳のお誕生日を前に

奥様に

「70年以上にわたり 私を支えてくれている 妻・百合子に 感謝しつつ
 楽しく 穏やかな日々を すごしていきたい」

という コメントを残されていたそうです

本当に 三笠宮さまを 知れば 知る程
素敵なお方ですね

この 話を 聞くまでは 私は 殆ど知りませんでした
お人柄を知り
本当に 素敵な 三笠宮さまですね